これまでの記事はこちらをご参照ください。

食べる事は美の養分になる「キャビンアテンダントの美養学」

CAとしての自分史は航空業界の歴史と重なる

CAとしての自分史は航空業界の歴史と重なる②

CAとしての自分史は航空業界の歴史と重なる③

CAとしての自分史は航空業界の歴史と重なる④

CAとして過ごした日々はどの時代も楽しかったのですが、自分にとって「青春時代」と言えるのはこの関西空港の時代でした。

成田からの新規路線が制限されている中で関西空港から新規路線が次々に出て行きました。

毎回新しい就航先に新しいサービスでフライトしていくのです。

ヨーロッパに行くのはまだ飛行時間も長いので慣れない中でもお客様との関係を築きながら積み上げていけますが、中国などの短距離路線ではとにかく手際の良さが求められます。

毎日フライトから帰って来たクルーから、次の日のクルーに工夫点の引き継ぎをしながら一番いい方法をみんなで探して行きました。

「この方がうまくいった」とか「成功のポイントはこのカートをここに置くこと!」など、これも喧々諤々の議論をしていました。

これが原型となり、現在はサービスの詳細な手順が準マニュアル化されています。

縮小へ

どんどん路線展開をしていった関西空港基地でしたが、911のテロ事件以降会社全体が縮小傾向となり、どんどん路線が廃止になって行きました。

関西空港から最後に残ったのは中国への日帰り路線となり、ついに伊丹基地と統合することなりました。

会社としては仕方のないことですが、自分たちで作り上げてきた自負が強い人ほどショックを隠しきれず涙していました。

基地を統合したら伊丹空港か成田空港に所属することになりますが、丁寧に一人一人上司が面談で意向を確認してくれました。

私はというと、基地統合の前にプロジェクトメンバーとして東京に転勤になってしまい、みんなより先に出てしまいました。

このことは一緒に頑張ってきたメンバーには後ろめたい思いを持っています。

散り散りになった関西空港のメンバーですが、時代を超えて今でも固い絆で結ばれているのは、膝を突き合わせて話を尽くし、難しい課題や新しいことに一緒にチャレンジしてきたことや、そして大切にしてきた職場がなくなるという喪失感や辛さまでも共有したからだと思っていますし、私のかけがえのない宝物です。

 

こんなANACAの生活で学んだことも美養学初級コースでお伝えしています。

各種講座についてはこちらから↓

お問い合わせ、お申し込みはこちらから↓